神戸ルミナリエ訪問記

 ふと書店で見た雑誌に「神戸ルミナリエ」が紹介されていた。光の回廊が延々と続く美しい風景。阪神大震災の犠牲者の鎮魂と復興を願って毎年続けられてきたこの行事にいつかは訪れたいと思っていた。そんな今年、この時期にふと一日予定が空いたので行くことにした。
 京都府の宇治から国道171号線を大阪方面に走り西宮へ。そして神戸三宮についたのは午後4時頃だった。しかしルミナリエが始まるのは午後6時からなので、それまでの時間をつぶす意味も込めて、その辺りを走ることにした。じょじょにあたりが薄暗くなるにつれて、港のあちこちで美しいネオンが点灯する。ここはハーバーランド。神戸港のシンボルともいえるポートタワーも美しく輝く。その沖には巨大な人工島「ポートアイランド」がある。ある事を思いついて、橋を渡ってポートアイランドに行くことにした。神戸三宮の喧噪とはうってかわって、人工島に作られた街はひっそりとしている。そして、ある場所に車を停めて、この島と神戸三宮とを結んでいる「ポートライナー」に乗ることにした。「ポートライナー」は無人の交通システムで島の中を大きく一周して橋を渡りJR三宮駅につながっている。どこまで乗っても240円。「市民病院前」という駅から、時間にして20分くらいだろうか、島を一周して橋を渡っていく。下は海。そこから神戸港がよく見える。夕暮れの中、美しいネオンが浮かび上がっている。
 三宮駅について戸惑ってしまった。果たして「ルミナリエ」はどこで開催されているのか。写真で見た限りは商店街のようなところだったけど・・・。人波を泳ぐようにフラフラと南の方へ歩いていった。しかし、どこまでいってもそれらしいものはない。今度は商店街を西の方へ歩いていった。ずいぶんと歩いてJR元町駅の前まで来た。すると大勢の人が駅からこちらに向かって歩いてくる。ああ、ここでいいんだと思いその流れについていく。「大丸」前の交差点から南は全てが歩行者専用になっていて、広い通りいっぱいに人があふれている。
 時計を見ると6時30分。もう点灯は済んでいるはずなのにどこにもそれらしきものがない。この人たちは一体何を見ているのかと疑問に思った。遠く先に大型スクリーンがあり何やら案内をしているようだが、この場所からはその内容がわからない。幅30メートルはありそうな広い通りがラッシュアワーの電車状態になっている。そしてその大集団が一分間に2.3メートルのわずかづつ前に進む。
 ほとんど動かない人波の中で一人の警備員が叫び続けていた。「お連れ様とは手を握り合って決して離さないようにしてください。離したらもう二度と会えませんよ。家へ帰るまでがルミナリエです。」「 肩車をしているお子さんにはご注意ください。肩の上で子供さんが凍えてるかもしれませんよ」その話に人波からときどき笑いがこぼれる。となりのアベックが「あの警備員面白いな」と話している。その警備員の説明で、そこから約100メートル先にある大型スクリーンの場所から左に300メートル行ったところがルミナリエの入口だと知って、気が遠くなった。先に進むにしたがってますます窮屈になっていった。それから少しづつ少しづつ進んで曲がり角のところまできた。
 それまで何も見えなかったところから、光の回廊が浮かび上がって見えた。まだずいぶん遠いのだが、誰もが感嘆の声を発した。その美しさにそれまで待たされたことなど吹き飛んでしまうほどだった。その光の門に人波が少しづつ飲み込まれている。そのとき突然。「パナソニック、パナソニック、オーケー、オーケー」と大声で叫んで走っていく男がいた。酔っぱらいが外国人に向かってしゃべっていたのだ。その白人は「きょとん」とした表情をしていた。                                                                 光の芸術はそれを見る人たちの表情を照らしている。それが皆とても良い表情なのだ。暗い顔をしている人はひとりもおらず、みんなが微笑んでいる。それを見て思った。この行事の主役は我々自身なのではないかと。この人波は一方通行でその光の回廊の下をくぐり、幾つもある横道は厳重にガードされそこから割り込むことはできない。そう、私たちはその光の回廊を一方向に歩いていくのだ。賛美歌にも似た幻想的な曲が絶えず流れている。                  その様子にあるテレビで見た場面を思い出した。イスラム教徒がメッカへと向かって歩く様子。「巡礼」。「巡礼」なのだと。我々はこの光の道を巡礼しているのだと思った。光の芸術はじょじょに近づき、大きな門をくぐって今、我々はまさに光の下を歩いている。ひとつひとつの門をくぐる度に感動をおぼえる。                                                         5年前の未曾有の大惨事。多くの命が失われたこの地で、我々はその魂を弔うために歩いているのだ。そう思うと少し目頭が熱くなった。それは、宮沢賢治の小説の中で、銀河鉄道に乗って天上へと向かう友に付き添って旅したジョバンニのそれではないのか?と思った。ふと後ろを振り向くと、光に照らされた 人々の顔が浮かび上がっている。その明るい喜びの表情こそ、無念の死を遂げた人々に対する最高の弔いになることに私は気付いた。多くの人々の努力によって復興をとげた神戸。まさにその地で、無意識のうちにみせる私たちの表情はこんなにも生きる喜びに満ちている。
 京都、大文字の送り火。お盆に迎えた死者の魂を送り出すための火。そして灯籠流し。私たちはいつも幻想的な明かりを介在して死者とのつながりを求めてきた。それを見る人がそれを知っても知らずとも、その明かりはとても美しい。
 この通りはアーケードではなく、普通の道に何枚もの電飾が組んであるのだと知った。左右の店は普通に営業しておりコンビニなどはとても繁盛している。カメラ店は、夜景がきれいに撮れる使い捨てカメラだと売り込んでいる。右手に空き地があり、そこでも色々なものが売られていた。その中に紙でできたメガネがあり「これで見るとルミナリエが一万倍きれいに見える」などと張ってある。進むにつれて人通りはゆったりとしてくる。僕はつとめてその通りの真ん中を歩いた。
 その光の回廊が終わるところ、その先は幅の広い石段になっていて、そこを登ると公園である。しかし、そこはとても混雑していて、警備員は右へ行くように誘導している。その指示に従って行くとすんなり会場へと入ることができた。そこには巨大な光の造形物「スパッリエーラ」がその広場を半ば覆うようにして建てられていた。それを見る人は、広場の中から外を見る形になる。             僕はその広場の隅から全体を眺めた。右手には先ほど歩いてきた光の回廊「ガレリア」が、左手には「スパッリエーラ」が見える。美しい光の芸術を前にして息をのんだ。それから僕は広場の中心へ、そして「スパッリエーラ」の前へと歩いていった。じょじょに地面が明るくなる。この広場が劇場だとしたら、今、僕が立っているところは舞台に違いない。それが証拠にそこにたたずむ人たちの顔は多くの照明で照らされている。多くのカップルが肩を抱き合って光を眺めている。お父さんに肩車された女の子の顔は幸せそうに微笑んでいる。外国人がその場にいた女の子と一緒に写真を撮ってはしゃいでいる。「本当に連れてきてもらって良かった」と隣にいる人が友人に感謝の気持ちを述べている。すると、前の方からテレビカメラとマイクがこちらへ動いてきた。その先には車椅子の犬とその飼い主らしい老人が歩いている。確かにここは人生の舞台に違いない。
 また、少し離れたところから「スパッリエーラ」の全景を眺めた。よっぽど暇そうにみえたのか、その間3人に写真のシャッターを切ってくれと頼まれた。ファインダーを通してみる人も皆幸せそうな表情をしている。その広場には一時間もいただろうか、厳しい寒さも忘れて延々と眺めていた。
 その場を離れがたい感情を押さえ、会場を後にした。車を停めた場所まで行き、大きな感動を胸に愛車に乗って帰途についた。

 


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