ある日地図を見ていてふと思った。日本列島の中北部、日本海に大きくつきだした能登半島。その先端はどんな所だろう、と。そこで思いついたのが自動車旅行。初めての車での一人旅にさっそく出かけることにした。車は「平成元年式のダイハツミラ」6年落ちの中古車だが、ついこの前に買ったばかりの愛車である。荷物を積んで早速宇治市の自宅を出た。

 琵琶湖の東湖岸を通る道路をひたすら北上する。初めて通るこの道だが、とても快適。信号も渋滞もほとんどなく左手に美しい琵琶湖の情景を眺めながら走る。国道8号線を北上すると敦賀市。日本海岸の道を走る。名勝で名高い越前海岸。切り立った険しい断崖が海にせり出している。度々止まっては、その美しい風景を眺めている。左右にうねる道。愛車はエンジンをうならせて頑張ってくれている。 幾つもの漁村を通り抜ける。何か心を打つ暖かい風景。そうすると一層切り立った奇岩の集まる地帯についた。そこには広い駐車場があり、店や記念碑が立っていた。車を止めて休憩する。その記念碑からはある歌手の演歌が絶えず流されていた。この「越前海岸」を歌った曲だ。国道305号線から8号線をひたすらと走る。金沢市を抜けて159号線を能登半島へと北上する。あたりはもうすっかりと暗闇にくれている。この旅では高速道路を使わないことにした。高速料金がもったいないとうこともあるが、なるべく地道を走ってその土地の空気を感じたいと思うからだ。明日の朝を能登半島の先端で過ごそうと思うと少なくとも輪島市あたりまでは行こうと思い、ひたすら走った。町並みは次第に小さくなり、小さな村々の点在する道となる。山中をうねる峠道をいくつも越える。輪島市に着く頃には深夜になっていた。輪島市役所の前に広い駐車場があり、そこに車を止めて寝ることにした。初めて車に泊まる。550ccの狭い室内だが疲れているせいか座席を倒すとそのまま眠ってしまった。 朝、5時15分に目が覚めた。辺りはまだ暗い。日の出を見たい僕は、駐車場のトイレで顔を洗って、さっそく走り出すことにした。海辺を走る道。じょじょに明るくなっていく。西側の海なので日の出は見られなかったが朝焼けに包まれる漁村の美しい風景に心を打たれた。美しい情景の舞台をひたすら走る。目指すは能登半島の先端、禄剛崎である。地図ではそのまま進めば岬につくはずなのだが、道を間違えて山を越えて能登半島の東海岸の方へ出てしまった。そこは珠洲市。 そこには是非行ってみたい場所があった。もうずいぶんと昔、小学校5年生のとき、能登半島の南西部、羽咋というところへ海水浴で来た。そのとき買った能登半島の絵はがきになんとも奇妙な形をした島が写っていたのだ。軍艦島と呼ばれるこの島はなるほど、巨大な軍艦のようだった。その頃から一度は行ってみたいと思っていた。地図を見たとき、その島がすぐ側にあることに気付いた。胸を踊らせてその場所へと車を走らす。遠くにそれらしき島影。駐車場に車を置いて歩いていった。ああ、訪れたことは無い場所だけど、とても懐かしい気持ちになった。20年のときを越えて、今、僕は小学五年生の子供だった。早朝、周りには誰もいない。一歩一歩その島へと近づく。その正面に立ってしばらくその島を眺めていた。珠洲市街から北、禄剛崎の方へ向かう。ここは狼煙(のろし)というところ。岬のふもとに漁港があったのでそこに車をおいて海岸へ降りていった。そこは砂浜になっていて、その浜は岬の下の方まで続いているが、そこからは見えない。そっちの方へ行こうと、砂浜を歩くと面白いものがあった。漁具を置く物置なのだろうが、風の抵抗を少しでも和らげようと砂を掘って作られたその形に、このあたりの冬の厳しさを感じた。波打ち際の砂浜を岬の先端の方へと歩いていく。岩で隠されていたその場所がじょじょに現れる。 岩場を歩いた先に目の覚めるような風景があった。能登半島の先端部。どこからも見えないその場所は白い小石で敷き広められていた。真っ白な石の海岸。そこから180度以上広がる紺碧の海。青い空とあいまって、突然現れたその風景は僕に特別な意味合いを感じさせた。僕はこの場所に来るために旅に出たのだと。今、この場所に立つことは遙か昔に契約されたことなのだと、そんな絵空事を想像させるほど、そこは僕の心にしみる風景だった。 その場所を後にして、その後方にそびえる岬の頂上へ行くことにした。車にのってしばらく行くと広い駐車場がある。多くの土産物屋が並ぶこの場所はすでに観光地特有の場所である。案内板には「最果ての地、のろし」と書いてある。そこから坂道を頂上へと歩いていく。しばらく登っていくとその頂上部は広い公園になっている。石川県の国体で採火された場所。「ここが日本の中心」と書かれた記念碑。この場所は明治以前から船の航行において重要な場所で、その頃から灯台があったという。今ある灯台も白く美しい灯台で、その周りはきれいに整備されている。そこから石段を下っていく途中、一人のおばあさんとすれ違った。この場所で最初に出会った人。挨拶を交わしてすれ違う。車に乗り込み、能登半島の東海岸を一気に南へと下る。途中で小雨が降ってきた。こんな旅では雨もまた気分を盛り上げてくれる要素となる。高岡市、砺波市を越えて、本州内陸部に入る。国道156号線。辺りは高い山々。左右にうねる道を軽快に走っていく。信号の少ないこの道はドライブには絶好である。そうこうすると、合掌造りの茅葺き屋根で有名な白川郷についた。今も残る古い町並み。その間を車で通ってみる。平日だが観光客見学に来ていた。それから南へと進んでいった。 なおも行くと目前に広がる風景に驚いた。巨大なダムなんだけれども、何かが違う。そう、このダムは自然の石が積まれているのだ。直感的にエジプトのピラミットを連想した。何の前知識も持っていなかったので、このダムは驚きだった。ここは御母衣(みほろ)ダム。ロックフィル式のダムということだが、こんなダムをみるのは初めてである。これほどの石を積もうと思うとどれほどの数が必要なのか想像もできない。

それから美濃市、岐阜市を経て、滋賀県。そこから来た道を通って自宅についた頃はもう夜だった。一泊二日の短い旅だったけれども、得るものは多かったと思う。また機会があれば、こんな旅をしたいものだ。

 


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